「機動戦士ガンダムOO」第25話

いや…、うーん…、何というか…。種死に比べれば、最後は綺麗にまとめたから、「終わり良ければ全て良し」で後味はそれほど悪くならなかったな。あれだけグダグダになっていたのに、最後には綺麗に持っていった。というか、方向を全く変えてしまって、うまく誤魔化しただけなんだけどな。
そもそもダブルオーの最初のテーマは、「戦争根絶のためにどうすべきか?」であって、その答えを、イオリア・シュヘンベルグとその意思を継ぐソレスタルビーイングの活動を通して、模索しようというのがあった筈。ところが、ラスト3話くらいになって、人類の敵リボンズ・アルマークとその手先アロウズと、人類の敵を倒すために立ち上がる正義のソレスタルビーイング、という構図にすり替わり、ラスボス倒してハッピーエンドという結論になっている。
つまり、最初のテーマが自分たちの手に負えなくなったので、安直な「勇者が大魔王を倒して世界に平和が戻りました」的な構図に落とし込んじゃったのが見え見え。だから刹那たちは、もう役目が終わったはずなのに、まだガンダムマイスターのまま空に飛んでいったでしょ。あれって、大魔王を倒した勇者が、再びまだ見ぬ冒険の旅へ、というRPGのお約束そのもの。
あれだけ色々ぶち上げながら、この体たらくなんだから、如何に監督・脚本以下、制作陣に力量が無かったか。私は第一の戦犯は脚本の黒田だと思っているわけですが(何しろシーズン通して本は全てこいつが書いたのだから)、このENDは私がここで繰り返してきた批判が正しかったことを、如実に証明したと思うね。
そして最後の最後まで、政治に対する無知をさらけ出したまま終わるのが、黒田クオリティ(w 腐敗したアロウズを倒して、連邦大統領が入れ替わって丸く収まりました、としているけど、普通に考えればめちゃくちゃ変だろ。例えば(架空の話として)、コメリカ大統領府直属のシグマ・フォースが、国防総省を管轄下において、世界中で民主主義を乱すテロリストたちを排除していましたが、実はテロリスト以外にも、コメリカに逆らう国々の民衆を虐殺する行為もやっていました。情報操作で世界は知りませんでしたが、このたび、シグマ・フォースの不正が明るみに出て、組織は解体、新大統領が選出され、新体制の下で民主主義を守る戦いを続けていきます。という話があったとする。皆が不正の源泉はシグマ・フォースなんだから、解体されて一安心!なんて思うか?まず、行政府そのものが不審の目で見られるだろうし、ひいてはコメリカ国そのものの存立すら揺るがすだろう。軍事組織と行政府と国家はすべて別物、なんて奇特な見方を誰がすると言うんだ?大統領に直結していた組織が虐殺行為をしていた、ということは、行政府の意思、すなわち国家意思によって為されたと解されるのが普通であって、どうやったら出先機関の暴走で片が付くんだよ。
おまけに連邦政府にちゃっかりカタロンも参加してるし。おいおい、カタロンって連邦市民をテロで殺しまくっていたテロリストじゃなかったのかよ。もうね、この幼稚園児並みの政治認識には、呆れて開いた口が塞がりませんわ…。
まあ結局は、サヨク思想による戦争表現の限界なんだろうね。以前なら「悪辣なる国際資本主義による帝国主義が、人民を戦争という不幸に陥れているのだ!」とやればよかったんだろうけど、いまや共産主義の悪は全て明らかになり、サヨク思想なんて誰も共感しやしない。さりとて、保守なんて「極右」思想は戦争そのものの肯定だ、という考えからも抜け出せず、「話し合いこそ平和への道」という幻想にすがり付く他ない。だからスタートこそ「サヨクでも極右でもない第3の道を」と意気込んでも、結局そんなもの見つからず、サヨクの空想平和主義という「お花畑」に戻らざるを得なくなる。
それでも知識があって、背景にリアリティを持たせられれば、幾分かはマシに取り繕えるんだろうけど、ダブルオーの黒田の場合、それすら無かったために幼稚園の学芸会なみの稚拙さに…。ガンダムは30周年を迎えるけど、ほんとこんなものしか作れないのなら、もう打ち止めにすべきだと思うんだけどね。これ以上は作るだけガンダムの名を汚すのみだよ。
と言ってる側から「劇場版ダブルオー」の告知が。種も劇場版が告知されたまま、凍結っぽいけど、ダブルオーも凍結するのが最善だと思うけどねぇ。これ以上、恥の上塗りして楽しいか、黒田よ。